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蘑菇mogu (from北京) の東京開店奮闘記 vol.2







東京で物件探しに悪戦苦闘を続けるmoguでしたが

ついに阿佐ヶ谷に物件が見つかりプレオープンスタート!


今回はまだ知られざる彼の中国での遍歴を紹介させていただきたい。これから彼が何を日本で企てようとしているのか、そこを感じ取って欲しい!


それではいきましょう、「moguのインディー音楽一筋20年(与独立音乐的二十年)」

まずは遡ること2003年。




在東京為了尋找適合開店的地點而陷入漫長苦戰的mogu,

終於在阿佐ヶ谷找到適合的店面開始試營運!


這一篇想跟大家介紹他在中國的經歷。接下來他想在日本做些什麼呢?希望可以從經歷裡略知一二!


那就開始吧!「Mogu與獨立音樂二十年」

首先要把時間回溯到2003年。





────────── ROCKLAND 摇篮唱片







2003年、私は北京の旧鼓楼大街という通りに最初のお店「摇篮ROCKLAND」を開きました。正式なCDショップという感じではなく、デザインオフィスも兼ねていました。

これまで7年ほどロックを聴いてきて、1000枚ものCDを集めていました。私はデザインを学んでから広告代理店で社員として働いていたのですが、仕事がつまらなく、自分が好きにできるスペースが欲しくなり、デザインの仕事をパートタイムにしました。それで会社の仕事をお店に持ち帰ってやることもできるようになりました。

2003年にお店をオープンしてほどなく、SARSの騒ぎがあって、それは最初期の新型コロナと言えるもので、毎日バスに乗って会社に出勤していたのですが、街ではマスクをしたひとが大勢いました。

その時期に一番多くお店に来たのは张守望(carsickcars,white+)でしたね。毎回来るたびにsonic youthとかそういうのだけ買っていました。「已消毒(消毒済み)」と書かれたTシャツをくれたりしましたね。当時はものの扱いが悪く、2年めにお店の引越しをした後は見当たらなくなってしまいました。





2003年,我在北京的舊鼓樓大街開了第一家店「搖籃 ROCKLAND〉。確切的說這並不是一間真正的唱片行,除了賣唱片外還兼設計工作室。

在開店前我聽了七年左右的搖滾樂、收集了上千張唱片。我是學設計出身,一開始在廣告公司全職工作,後來因為工作太無聊,希望能有一個屬於自己的空間,就選擇兼職設計,這樣可以把公司的工作帶回店裡做。2003年,搖籃剛開始營業不久,就遇上SARS,也就是最早的新冠肺炎。每天坐公車去公司,會看到路上有很多戴口罩的人。

SARS期間最常來光顧的應該是張守望(carsickcars,white+),他每次來只買sonic youth之類的,還送過我一件印有「已消毒」字樣的白色T恤,那時不知道珍惜,結果第二年搬店以後就找不到了。







摇篮 ROCKLANDに来店してたという张守望(carsickcars,white+)








 2003年の当時、お店ではどのようにしてCDを仕入れていたというと、いくつかインディーレーベルがリリースをしているものと、海外バンドのは打口業者*からCDやテープを仕入れていました。

 2004年には旧鼓楼大街で立ち退きにあって、摇篮唱片は后海エリア(湖のほとりにbarが立ち並ぶエリア)の南官房胡同2号に引っ越しました。その後北京ではインディロックのムーブメントが盛り上がっていきました。

D22、WHAT、无名高地など多くのライブバーや多くの若者に影響を与えたレーベルMaybe mars(兵马司唱片)が出てきたのです。自分もその影響を受けた1人ですが。



 2003年那時,店裡的CD之類