Leo王(リオ・ワン)日本デビュー記念インタービュー(上)/「回想起來,還是在舞台上演出的時候最來勁。」—— Leo王日盤發行紀念專訪(上)




日本デビューを記念してLeo王にインタビューを行いました。今回リリースしたのは2枚の7インチで、「吾輩は芸術家である(7inch)」はソロとして記念すべきファーストアルバムとなる同タイトルのアルバム「藝術家脾氣 / 吾輩は芸術家である」に収録された楽曲で構成され、もう一つの「快楽のサトウキビマン(7inch)」はキャリアの大きなポイントとなった台湾のグラミー金曲獎受賞となったアルバム「無病呻吟有情抒情」と最新EP「時間的奶昔」からの楽曲で構成されており、それぞれが違った魅力を持った作品となっています。それではその2枚の7インチの収録曲を軸にまずは「吾輩は芸術家である」から、インタビューを進めたいと思います。

這回由大浪漫唱片發行的兩張日盤黑膠,分別由Leo王首張個人專輯「藝術家脾氣」、金曲獲獎專輯「無病呻吟有情抒情」及最新EP「時間的奶昔」中,以不同選曲主題,精選收錄於兩張七吋作品——「藝術家脾氣 / 吾輩は芸術家である」及「快樂的甘蔗人/快楽のサトウキビマン(7inch)」。


作為發行紀念,這次特別邀來 Leo王和我們聊聊踏上音樂路的契機。在一場埋頭與自我的拼搏中,「陪妳過假日」意外與 9m88 搭上線;而當年那個一心想上台北的高雄少年,是否如「長大十八歲」歌詞寫的,正走在想要的道路上?他說離開家,感覺遊戲才正要開始。





【 Interview with Leo王(リオ・ワン) 】




・音楽を始めたきっかけを教えてください

能和我們聊聊當初走上音樂路的契機嗎?

高校生の時に軽音楽サークルに加入して、創作とライブを始めました。大学の時は人生の向かうべき方向が見つけられなくて、一度休学をして仕事をして、何をやるにもやる気が起きないような感じです。思い返したらやはりステージ上でライブをしている時が一番イキイキとできて、なので2015年の初めに自分にチャンスをあげることにしました。音楽を仕事として捉えて、そしてそのスタンスでもって自分の時間とエネルギーを最大限注いでみるというチャレンジすることにしました。


高中時期加入熱門音樂社團,開始創作、演出。大學時期找不到人生的方向,曾經休學、工作過,覺得做甚麼好像都提不起勁。回想起來,還是在舞台上演出的時候最來勁。所以在 2015 年初決定給自己一個機會將音樂視為職業,用這樣的態度,給它最好的時間和精力,試試看。






18歳になったな おめでとう

音楽で飯を食いたいなら 台北に来ることになるかも

18歳になったな おめでとう

台北に来る言い訳は 大学に行くからって事で


孩子恭喜你長大十八歲

想要靠音樂吃飯 你可能得搬來台北

孩子恭喜你長大十八歲

搬來台北的藉口 就說是要念大學



—— Leo王 - 長大十八歲 /18歳になる





・長大十八歲 この曲は自身の体験を元に書いた歌詞なのでしょうか?

「長大十八歲」的歌詞是以自身經驗出發的創作嗎?

そうです。創作時には私はもう18歳ではなかったんですが、当時の高校卒業して初めて台北に来た時の気持ちを思い返していました。それは一種の自由な気持ちで、私たちはそれぞれが持つ背景は違いますが、それもゲームのキャラクターが持つストーリー設定のように思えて、その時私は18歳で家を出たと言うのがまさにゲームが始まったばかりの様だなと思ったのです。


是的。創作之時雖然我已經不是十八歲,但當時是回想當年高中畢業時初來到台北的心情,那是一種自由的心情,我們每個人的背景都不一樣,但是那些都像是遊戲角色的故事設定一樣,當時我覺得 18 歲離開了家,像是遊戲才剛剛開始。




・台北と他の地域では音楽活動をする上で大きな違いはありますか?やはり台北でないと難しいですか?

出身高雄的 Leo 在來到台北之後,認為台北和其他地方的音樂場景有什麼特別不同的地方嗎?

在台北以外的地方是否真的很難發展音樂活動?



当時は単純に自分は最高の刺激を受けたい、一番すごい人から学ぶべきだと思っていて、海外に行かないと言う前提だと、台北行くしかないのです。なぜなら当時私の好きなバンドはみんな台北にいたし、海外のバンドに至っては(台湾では)必ず台北でのライブを選択しますし。好きなバンドが高雄に来てくれたらようやく観に行くなんていうのは、受動的すぎるんじゃないかなと私は思います。


當時單純的認為我要接受到最好的刺激,向最厲害的人學習,在不考慮出國的前提之下,是一定要到台北來的。因為當時我喜歡的樂團都在台北,甚至國外來的樂團,也一定是選擇來台北演出,要等到喜歡的樂團來到高雄演出才去看,這樣我覺得太被動了。






俺たちのライブを見に来てくれればそれだけで良い

他の時間は邪魔をしないでくれ 頭の中は空っぽで

とても覚えられない この街にいる沢山のアホヅラは

俺はいくぞ 俺はいくぞ

俺は家に帰って曲を作るから お前も帰っていいよ 帰って、本でも読んだら?

最好是來看我們演唱會就好 其他時間勿擾 腦袋空空 也裝不下這城市中 每張機巴的面孔 I gotta go I gotta go 我要回家寫歌 妳可以 回家 妳可以 可以 看書啊


愛情はただの周波数みたいなモノだけど

なんでこんなに邪魔が入るの?

私たちの距離 計算に入れ忘れてない?


愛情不過是一種頻率 為何遇到那麼多插曲 我們的差距 是否忘了算進去



—— Leo王 - 陪妳過假日 feat. 9m88/お前と休日を過ごす





・陪妳過假日/お前と休日を過ごす この曲で9m88とコラボしたきっかけはなんですか?

「陪妳過假日」一推出便造成樂迷間的熱烈討論,也可以說是 9m88 開始受到關注的首支合作曲目。

是什麼契機和當時尚未出道的 9m88 搭上線,並有了共同寫歌的想法?

きっかけは友人の紹介で、私の高校の先輩が9m88と大学の同級生で、とてもシンプルな紹介からでした「ねぇ、歌を歌ってる友達がいるんだけど、コラボしてみない?」、私は9m88のsoundcloudをチェックして、そこで一つのかなりユルいライブ録音の音源を聴いて、イイネって思いました。当時私はまさに 「藝術家脾氣」のアルバムの準備をしていて、必死に取り組んでいた時期で、協力してくれる人もおらず、9曲のビートトラックの権利をネットでカードで買って、ちょうど陪妳過假日この曲を書き終えたところで、女性ボーカルが欲しいと思っていて、当時まだニューヨークに留学していた9m88に送って、大体の歌の内容と方向性を説明して、彼女はすぐに音質のそんなに良くはないマイクでdemoを録って送ってくれました。


覚えてるのは、私はほんの少しだけアドバイスをしただけで、例えばあの言葉はもう一回繰り返した方が良いとか、あの言葉は無くて良いとか。それでほとんど完成しました。彼女は後々幾つか音質の良いテイクを録って送ってくれましたが、ニュアンスがバッチリとはハマらないなと思っていて、なので最終的に残ったのはあの時のファーストテイクでした。細かく聴くと実際ノイズが大きいものです。ただ、当時の私はとてもこだわりが強かったのですが、9m88はとても私を尊重してくれて、私たちのやりとりやディスカッションはとても順調でお互いをリスペクトしたものでした。思い返すととても良い思い出です。



當年的契機是朋友介紹。我高中的學姐是 9m88 大學的同學,非常簡單的介紹:「嘿,我有一個朋友有在唱歌,要不要合作看看?」我去了 9m88 的 soundcloud,在上面聽了一個相當隨性的演出側錄音檔,心想 why not。當時我正在準備「藝術家脾氣」 這張唱片,是很埋頭苦幹的時期,沒有甚麼人給我協助。我上網刷卡買了9首 beats的授權,當時寫到了陪妳過假日這首歌的時候,覺得需要個女生的聲音,於是我寄給了當時還住在紐約留學的 9m88,大致說明了歌的意思和方向,她很快就用了音質不算是很好的麥克風,錄了 demo 回傳給我,


我記得我只給了她很少的建議,例如哪一句可以再重複一次,或是可以拿掉哪一句,接著就差不多成了。她後來補錄了幾個音質比較好的 take 給我,我都認為味道不太對,所以最後留下來的還是當年的那 very first take,仔細聽的話,其實雜音是很大的。但當年我很堅持,9m88 也很尊重我,我們的溝通和討論非常順暢而且彼此尊重,回想起來是很好的回憶。



Leo王 - 陪妳過假日 feat. 9m88 / MV 畫面




・実際に出かけるのは好きじゃないのですか?

實際上 Leo 是屬於外出派,還是喜歡宅在家裡生活的人?



当時はしょっちゅう家に籠もってました。特に生活でやることも無く、ただずっと自分の創作で追い詰められてるだけで。お金もないしのんびりしたい気分もレジャーの趣味も無く、今思うと全く健康な状態ではないなと思うのですが、まぁ以前はこんな感じでした。


當年是個宅在家裡的人,也並沒有甚麼在生活,只是一直在逼迫自己創作。因為沒有錢也沒有甚麼閒情逸致進行甚麼休閒,現在回想起來並不是甚麼很健康的狀態。但就是這樣吧,都過去了。



Photo Credit : 顏社KAO!INC.




・陪妳過假日 この曲のMVはNYでの撮影でしょうか?エピソードがあれば教えてください

「陪妳過假日」的 MV 是在紐約取景拍攝的嗎?拍攝當時有發生什麼有趣的插曲故事?



その撮影の当時は、私と9m88、そして監督の 高承楷がそれぞれ300ドルずつを出資して撮影に入りました。ちょうど当時自分のバンドの「巨大的轟鳴」が台湾政府の助成を取り付けてアメリカの東海岸を巡るミニライブツアーに行くことが決まって、なので私はこれに便乗した形でバンドのスケジュールがオフの日程で、バンドと別行動で「陪妳過假日」の撮影に参加したのです。


当時は実際とても金欠で、私たち3人は有り金をほとんど撮影機材のレンタルやubeなどの支払いに注ぎ込みました。サポートしてくれたスタイリストやディレクター、アシスタントなどのみんなは確かニューヨークに留学している台湾同郷の人たちで、あと一人中国人の友人もいました。みんなとても良く支え合って、思い出すととても感動します。ある種異国ならでの団結感だったんだと思います。このMVの成功は私たちを大いに鼓舞しました。クリエイトは巨大な資本の後ろ盾を必ずしも必要としないのです。監督の高承楷は当時この様にカッコ良く代表作を一本撮って、当時彼は、私と9m88は将来レジェンドになるぞ、とずっと言っていたのを覚えています。私は今でもこれは大袈裟で熱い中二病的言い方だと思いますが、この私達3人の信頼関係は常に私にこれは本当に素晴らしい出発点だったと思わせるのです。