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mui zyu Interview II|「音楽という言葉で、家族とつながっていた」── 広東語で辿る家族と音楽の記憶/「透過音樂這種語言,與家人建立連結」── 以廣東話追尋家族與音樂的記憶

  • 4 時間前
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mui zyu Interview II|「音楽という言葉で、家族とつながっていた」── 広東語で辿る家族と音楽の記憶

「透過音樂這種語言,與家人建立連結」── 以廣東話追尋家族與音樂的記憶



幻想的なストリングスと電子音、中国の伝統楽器やコラージュのようなサンプリング。メランコリックで美しく、どこか歪んだ音世界を描く、mui zyu。2024年に発表したアルバム『nothing or something to die for』を、広東語で再構築した『nothing or something to die for (Cantonese Tasting Menu)』。自身のルーツと向き合いながら、英語で書いた歌をもう一度別の形へとひらいていく作品だ。


前回のインタビューから約2年。その間、映画や映像作品、インスタレーションなどのための作曲にも活動の幅を広げてきたmui zyuに、新作を広東語で作り直すこと、言葉と歌の関係、そして自身のルーツや家族の記憶について話を聞いた。9月には、京都・松本・東京を巡る2年ぶりの日本ツアーも控えている。


夢幻的弦樂與電子聲響、中國傳統樂器,以及如拼貼般交錯的取樣。現居倫敦的音樂人〈mui zyu〉,以憂鬱而美麗、略帶扭曲感的聲音,建構出屬於自己的獨特世界。2024年推出專輯《nothing or something to die for》後,她再次回到這些歌曲,並以廣東話重新建構成《nothing or something to die for (Cantonese Tasting Menu)》。在重新面對自身根源的同時,她也讓原本以英文寫成的歌曲,以另一種語言與形式再次展開。


距離上一次的訪談約兩年。這段期間,mui zyu也將創作延伸至短片、影像作品與裝置藝術等不同領域。這次,我們再次與她聊了聊以廣東話重新創作自己歌曲的過程、語言與歌唱之間的關係,以及自身根源與家族記憶。9月,她也將睽違兩年重返日本,展開京都、松本與東京三地巡演。



mui zyu inteview-photo




mui zyuという音楽の現在地

mui zyu 音樂的當下



mui zyu interview-photo


Q1. 前回のインタビュー・来日から約2年が経ちました。mui zyuとして、この2年間で自分自身や音楽との関係に変化はありましたか?

Q1. 距離上一次訪談與日本演出已經過了大約兩年。回頭看這段時間,你覺得自己看待自身,或是與音樂相處的方式,有發生什麼變化嗎?


台北と日本を訪れてからのこの2年間で、mui zyuというモンスターは、内側にも外側にも大きくなっていった気がします。


短編映画やテレビ作品、写真展のための音楽、そしてキュー・ガーデンズのオーキッド・フェスティバルで展示されたインスタレーションのための作曲など、いろいろな仕事をしてきました。


その多くが長尺のインストゥルメンタル作品で、普段のような「歌」を中心とした制作からは少し寄り道するような経験だったのですが、それがとても楽しかったんです。


このプロセスは、いくつかの形でこれからのmui zyuの音楽にも影響していると思います。それと同時に、改めてソングライティングの良さを感じるようにもなりましたし、mui zyuという視点を通して、もっとインストゥルメンタル作品に取り組んでいく自信もつきました。


自從上次去台北和日本之後的這兩年,mui zyu 這個小怪物無論向內還是向外,都成長了不少。


這段期間,我為短片、電視作品、攝影展,以及英國皇家植物園邱園(Kew Gardens)蘭花節中的裝置作品創作音樂。這些計畫大多是篇幅較長的純器樂作品,和我平常以歌曲為主的創作有些不同,像是一段繞出去的旅程,但我非常享受!


我想這個過程正以不同方式影響著新的 mui zyu 音樂。它也讓我重新體會到寫歌的樂趣,同時給了我更多信心,去透過 mui zyu 的視角創作更多純器樂作品。




Q2. 今回『nothing or something to die for (Cantonese Tasting Menu)』アナログ盤がリリースされました。この作品を広東語で再構築しようと思ったきっかけを教えてください。

Q2. 這次發行的《nothing or something to die for (Cantonese Tasting Menu)》,是將你2024年的專輯《nothing or something to die for》以廣東話重新建構的作品。當初為什麼會想重新回到這些歌曲,並以廣東話重新詮釋?



mui zyu nothing or something to die for (cantonese tasting menu) vinyl


前作の曲をもう一度振り返り、自分なりに精一杯広東語で歌って、新しい形で聴いてもらいたいと思ったんです。


それは、自分自身のルーツに敬意を表すためでもあり、子どもの頃に聴いて育った素晴らしいCanto-popのアーティストたちへのオマージュでもありました。


そもそもmui zyuというプロジェクト自体、香港からアイルランドへ渡った家族の歩みや、いろいろな文化が混ざり合って私の小さな世界が形づくられていった過程を、もっと理解したいというところから始まったものです。


子どもの頃の記憶には、いつも広東語のポップミュージックが流れていました。家で両親が料理をしている時も、長いドライブの途中も、もちろん家族で営んでいたレストランでも。


そうした曲たちは、音楽という言葉を通して家族とつながるためのものでもありました。


だから、自分の曲を広東語で作り直すことは、子ども時代や家族、自分のルーツに敬意を表すための、とても自然な方法に思えたんです。


数年前には、UK/香港をルーツに持つアーティストのEmma-Lee Moss(旧名 Emmy The Great)と知り合いました。彼女がロンドンで行ったライブに呼んでくれて、一緒に彼女の広東語の曲やフェイ・ウォンのカヴァーを歌ったんです。


その経験も、自分自身の曲を母の母語である広東語へと掘り下げていく、大きな後押しになりました。



我想重新回到上一張專輯裡的歌曲,並盡自己最大的努力用廣東話演唱,以一種全新的方式把它們呈現出來。


對我來說,這既是向自己的個人文化根源致意,也是向許多陪伴我長大的優秀粵語流行音樂(Canto-pop)歌手致敬。


其實,mui zyu 這整個計畫最初就是從一個念頭開始的——我想更了解自己的家人從香港移居愛爾蘭的歷程,以及不同文化如何交會、最後塑造出屬於我的這個小小世界。


我的童年一直有廣東流行音樂作為背景音。父母在家準備飯菜的時候、長途開車的途中,當然還有在我們家的餐廳裡,總是能聽見這些音樂。


這些歌曲也成為了我透過音樂這種語言,與家人建立連結的一種方式。


所以,把自己的歌曲重新改寫成廣東話,對我而言像是一個很自然的方式,去向我的童年、家人以及自己的文化根源致意。


幾年前,我認識了英國/香港藝術家 Emma-Lee Moss(原藝名 Emmy The Great)。她邀請我參加她在倫敦的演出,我們一起唱了她的一首廣東話歌曲,也翻唱了王菲的作品。


那次經驗也進一步推動我,更深入地嘗試用母親的母語——廣東話——重新走進自己的歌曲。







広東語で描き直す、同じ歌の景色 用廣東話重新描繪,同一首歌的風景



mui zyu interview photo


Q3. 英語で書いた曲を広東語に置き換える作業は、「翻訳」に近い感覚でしたか? それとも、他の感覚がありましたか?

Q3. 將原本以英文創作的歌曲改寫成廣東話時,那個過程對你來說比較像「翻譯」,還是更接近重新寫作、重新塑造歌曲?



単純な翻訳というよりは、ほとんど全面的に作り直すような作業でした。


理由はいくつかありますが、とりわけ広東語は声調言語なので、一語ずつそのまま置き換えても成立しないんです。


作業はだいたいこんな流れでした。


まず、私自身の基本的な広東語の知識を使って、最初の訳を作ります。


それを香港にいる父と何度もやり取りしながら、もっと自然で良い響きになるように直していきました。単語を置き換えることもあれば、フレーズそのものを全部変えることもありました。


そして最後にEmma-Lee Moss(Emmy The Great)と一緒に、さらに歌詞の形を整えながら、新しい言葉により詩的な色彩を加えていきました。


その後、仮歌を録音して、父とEmmaに聴いてもらい、「ちゃんと意味が通じているか」をありがたくチェックしてもらいました(笑)。


思っていたよりずっと大掛かりな作業になりましたが、そのぶん、ようやく完成した時には「やってよかった」とより強く感じました。



與其說是單純的翻譯,整個過程其實更接近一次徹底的重新想像。


原因有很多,其中很重要的一點是,廣東話是一種聲調語言,所以如果只是逐字逐句翻譯,實際上並不會成立。


大致上的流程是這樣:


首先,我會用自己有限的廣東話能力先試著做出第一版翻譯。


接著,我會和人在香港的爸爸反覆討論,一起把歌詞修得更自然、更好聽。有時候只是更換某個詞,有時甚至會整句重新改寫。


最後,我再和 Emma-Lee Moss(Emmy The Great)一起進一步調整,重新塑造歌詞,也為新的文字加入更多詩意的色彩。


之後我會先錄一版試唱,再請爸爸和 Emma 幫忙聽,確認我唱的東西真的有道理、是真的說得通!


整個過程比我一開始想像的要龐大得多,但也正因如此,當我們終於完成時,我更覺得這一切非常值得。





Q4. 広東語になることで、原曲とは意味や感情、歌い方が変わった曲はありますか?

Q4. 改成廣東話之後,有沒有哪一些歌曲在意義、情緒,或演唱方式上,和原本的版本產生了比較大的變化?



少し変えなければならなかった曲はいくつかあります。主に、詩としての形や歌詞の構造によるものですね。


私が書いた、少し抽象的な歌詞や比喩について、父と困惑しながら電話で話したことも何度かありました。


たとえば「the mould」という曲では、私は “acid crumbs” という言葉を歌っているんですが、こういう表現はそのまま訳しても意味が通じません。


そういう時には、そのイメージの奥にある意味について父と話し合って、できるだけ同じような情景が浮かぶように、新しい言葉を書いていきました。



有些歌曲確實必須稍微改變,主要是因為詩意表達或歌詞結構上的需要。


我記得自己曾經因為一些比較抽象的歌詞或比喻,和爸爸打過幾次讓彼此都有點困惑的電話,因為有些東西如果直接翻譯,根本不會成立。


例如在〈the mould〉裡,我唱到 “acid crumbs” 這個詞。


遇到這種情況時,我們會先聊聊這些意象底下真正想表達的是什麼,再依照那個意思重新寫出新的文字,希望最後仍然能描繪出相似的畫面。



mui zyu 模具 (the mould) 広東語ver.


“Cantonese Tasting Menu”に詰め込んだ記憶

收藏在 “Cantonese Tasting Menu” 裡的記憶



mui zyu interview-photo


Q5. アルバムタイトル『nothing or something to die for (Cantonese Tasting Menu)』について教えてください。

Q5. 《nothing or something to die for (Cantonese Tasting Menu)》中的 “Cantonese Tasting Menu” 這個名稱,是從什麼樣的想法而來的?



私は家族が営んでいた中華料理店(主に広東料理のお店)で育ったので、いつも変わっていくメニューに囲まれていました。食べ物は、私の世界のとても大きな部分を占めていたんです。


両親がイギリスを離れて香港へ戻った時、実家の片づけを手伝っていたら、1970年代まで遡る、家族のレストランの古いメニューが箱いっぱいに出てきました。


私はその時代ごとに一枚ずつ、今でも取ってあります。


今回の翻訳作業をしながら父とやり取りしていた時に、アルバムから選んだこの曲たちを、広東語で味わってもらうための小さな「テイスター」としてまとめるには、このタイトルがかわいらしくてぴったりだなと思ったんです。



因為我是從家裡經營的中餐廳——主要是廣東菜餐廳——裡長大的,所以從小身邊總是圍繞著不斷更新的菜單,而食物也是我的世界裡非常重要的一部分。


後來父母離開英國、搬回香港時,我幫忙整理他們的家,結果找到好幾箱以前餐廳留下來的舊菜單,最早甚至可以追溯到1970年代。


我從每個時期都留了一份下來。


當我在做這些廣東話版本、同時又不斷和爸爸聯絡討論時,我突然覺得,把這些從專輯中挑選出來的歌曲包裝成一份小小的 “Cantonese Tasting Menu”,就像讓大家先「品嚐」一下這張唱片的廣東話版本,是一個很可愛、也很適合的方式。





Q6. コシミハル「パラレリズム」とテレサ・テン「時の流れに身をまかせ」をカヴァーしています。なぜこの2曲だったのでしょうか?

Q6. 這張作品也收錄了越美晴〈Parallelisme〉與鄧麗君〈時の流れに身をまかせ〉的翻唱。為什麼會選擇這兩首歌?


この2曲を入れたのは、私が日本の音楽を大好きだという気持ちにも敬意を表したかったからです。


台湾出身のテレサ・テンについては、彼女が日本語で歌った「時の流れに身をまかせ」を録音するのが面白そうだと思いました。


2曲はそれぞれまったく違う、個性的な作品ですが、どちらにも、これまでmui zyuの曲を書いてきた中で自分が大切にしてきた要素がたくさん含まれています。


コシミハルの「パラレリズム」(細野晴臣がプロデュースした曲ですね)の、ダークでありながら甘さのあるメロディとプロダクションは、前作を作っていた時に大きなインスピレーションになりました。


同名アルバム『パラレリズム』も何度も聴いていて、私の中ではツアー中の時間や、ライブの準備をしている時の記憶とも強く結びついています。


テレサ・テンは、私が育った家庭ではずっと定番の存在でした。カラオケや家族の大きなお祝いごとでは、みんなで彼女の曲を歌います。


「時の流れに身をまかせ」は、あらゆる意味で完璧な曲だと思います。歌詞も、メロディも、ハーモニーも、すべてがとても自然でありながら、緻密に組み立てられている。


こういう「大ヒット曲」を、自分なりに少しmui zyuらしく作り変えて収録することで、この作品にもうひとつ違う色を加えられると思いました。



我也想透過這兩首翻唱,向自己對日本音樂的喜愛致意。


至於來自台灣的鄧麗君,我覺得去錄製她的日文歌曲〈時の流れに身をまかせ〉會是一件很有趣的事。


這兩首歌彼此非常不同,也都有非常鮮明的個性,但其中都有許多元素,是我一路以來創作 mui zyu 音樂時的重要參照。


越美晴的〈Parallelisme〉——由細野晴臣製作——那種黑暗、卻又帶著甜味的旋律與製作方式,在我創作上一張專輯時給了我非常大的啟發。


我也聽過很多次同名專輯《Parallelisme》。對我來說,那張唱片和巡演途中,以及準備上台演出前的那些時刻,有著很深的連結。


鄧麗君則一直是我從小到大家裡不可缺少的存在。我們去唱卡拉OK,或是在比較大型的家庭聚會、慶祝場合,都會唱她的歌。


〈時の流れに身をまかせ〉在各方面都是一首完美的歌。歌詞、旋律、和聲,聽起來如此自然流暢,卻又組織得非常細緻。


我覺得把這樣一首「大熱門歌曲」放進這次作品裡,再稍微用 mui zyu 的方式重新改造,也能為整張作品加入另一種色彩。







7.広東語で歌うことで、自分の声そのものの響き方にも変化を感じましたか?

用廣東話唱歌之後,你有感覺到自己聽待或使用「聲音」的方式也有所改變嗎?例如節奏、語句的處理,或聲音的質感?



広東語で歌うことは、自分の声やアイデンティティについて、相反するような感覚をもたらすことがあります。


ある意味では、とても力を与えてくれるものです。


特にイギリスで、広東語を理解しないかもしれない観客の前で歌う時には、まるで秘密の力を持っているような感覚だったり、暗号でメッセージを送っているような感覚になることがあります。


一方で、戸惑うこともあります。


私の広東語はまだ本当に基礎的なレベルなので、声調や発音を間違えていないか、少し怖くなることもあります。


ただ、英語で歌う時よりも、言葉そのものの形や音、発音について深く考えることになる。その感覚は、広東語で歌う時ならではのものだと思います。


用廣東話唱歌,會讓我對自己的聲音和身份產生一些相互矛盾的感受。


某些時候,它會讓我覺得非常有力量。


尤其是在英國演出、面對可能聽不懂這個語言的觀眾時,那種感覺有時就像擁有了一種秘密的力量,或是在用密碼傳遞訊息。


但另一方面,有時候我也會有些困惑,因為我的廣東話程度其實還非常基礎,所以我會有點擔心自己的聲調或發音是不是正確。


不過,當我用廣東話唱歌時,我確實會比唱英文更加注意每一個字的形狀與語音本身。這是一種很獨特、也和用英文唱歌完全不同的感覺。





もう一度、日本へ

再次,前往日本



mui zyu interview


Q8. 9月には再び日本へ戻ってきます。2024年の初来日を経て、今回の京都・松本・東京ツアーで楽しみにしていることはありますか?

Q8. 今年9月你將再次回到日本,在京都、松本與東京演出。經歷2024年的第一次日本巡演後,這次有什麼特別期待的事情嗎?



9月に日本へ戻れることを、心から嬉しく思っています。


2024年に初めてライブをしに日本へ行けたことは、夢が叶ったような出来事でした。


日本の音楽やアート、映画は、私の人生の中でずっと大きな存在でした。だから、自分自身の作品を携えて日本を旅することができたのは、アーティストとしての自分を肯定してもらえたような経験でもありました。


前回、日本へ行く前に何を楽しみにしていたかというと――本当に、すべてです!


街を歩いて聞こえてくる音、新幹線から富士山を眺めること、中古レコードを買うこと、東京の駅で流れるアナウンスの音、他のミュージシャンたちと出会うこと。


そして、自分が大好きな音楽の多くが生まれた場所で、まさか自分自身の音楽を演奏できるなんて、本当に奇跡のように感じました。


今回も、その気持ちはまったく変わっていません。


もう一度日本へ行けることを、とても光栄に思っています。


我真的非常非常開心,9月可以再次回到日本。


2024年第一次去日本演出時,對我來說就像夢想成真一樣。


日本的音樂、藝術和電影一直在我的人生中佔有非常重要的位置,所以能夠帶著自己的作品前往日本旅行、演出,對我來說也是一種對自己作為藝術家的肯定。


上一次去日本前,我期待的是什麼呢?——所有的一切!


街上的聲音、搭新幹線時經過富士山、去買二手唱片、在東京聽見車站的廣播聲、認識其他音樂人……


還有,竟然能夠在一個孕育了那麼多我最喜愛音樂的地方,演奏自己的作品。這件事本身對我來說就像奇蹟一樣。


這一次再次前往日本,我的心情完全沒有改變。


能夠再回去,我真的感到非常榮幸。






Release Info





mui zyu『nothing or something to die for (Cantonese Tasting Menu)』


2026.8.12 Release

LP / Cream Yellow Vinyl

BRRCD-133

¥4,600 (tax in)


Tracklist

A1. 當娜喜歡寄生蟲 / DONNA LIKES PARASITES

A2. 一切為它而死 / EVERYTHING TO DIE FOR

A3. 模具 / THE MOULD

A4. 冷靜如青瓜 / COOL AS A CUCUMBER

B1. 斯帕克 feat. lei, e / SPARKY

B2. 扮豬食老虎

B3. パラレリズム / PARALLELISME

B4. 時の流れに身をまかせ / GIVE YOURSELF TO THE FLOW OF TIME



NEW
「nothing or something to die for (Cantonese Tasting Menu」/ mui zyu (LP)
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【 mui zyu JAPAN TOUR 2026 】



mui zyu japan tour 2026


〈 KYOYO 〉


w.キツネの嫁入り

日程:2026年9月8日(火)

会場:UrBANGUILD

時間:open 19:00 / start 19:30

料金:adv 4500 / door 5000 (+drink fee)


〈 MATSUMOTO 〉


w.TANGINGUGUN

日程:2026年9月9日(水)

会場:Give me little more.

時間:open 19:00 / start 19:30

料金:adv 4500 / door 5000 (+drink fee)


〈 TOKYO 〉


w.黒岩あすかと夜

日程:2026年9月10日(木)

会場:青山月見ル君想フ

時間:open 19:00 / start 19:30

料金:adv 4500 / door 5000 (+drink fee)




mui zyu



mui zyu artist photo


mui zyuは香港出身のイギリス在住アーティストEva Liu のソロプロジェクト。幻想的なストリングスにテープのように切り貼りされたドラム・サンプリングや中国の伝統的な楽器を融合させ、ユニークかつファンタジックなアジア的サウンドスケープを魅せるクリエイティヴで注目の存在となった。


デビュー・アルバム「Rotten Bun for an Eggless Century」では自らの香港出身としてのアイデンティティと文化的変遷を掘り下げ、2024年リリースの2枚目となるLP「nothing or something to die for」では外に目を向けて、現代に存在する混沌をテーマに制作された。不条理に目を向けつつも、私たちが切望する道を見つけるべく、リスナーに他者とのつながりや自分自身の中に慰めを見出すよう促す、痛烈な励ましのメッセージを表現している。


mui zyu 是香港出身、現居英國的藝術家 Eva Liu 的個人音樂計畫。她將夢幻般的弦樂、如磁帶剪貼般拼接的鼓取樣,以及中國傳統樂器融合在一起,展現出獨特而奇幻的亞洲感聲景,成為備受注目的創意音樂人。


在首張專輯《Rotten Bun for an Eggless Century》中,她深入探索自身作為香港出身者的身份認同與文化變遷;而於 2024 年發行的第二張 LP《nothing or something to die for》中,則將目光轉向外部世界,以現代社會中的混沌為主題創作。作品凝視荒謬,同時也為了尋找我們所渴望的道路,鼓勵聽眾在與他人的連結,以及自身內在之中尋得慰藉,表達出一則尖銳而充滿力量的鼓舞訊息。




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